Vikki Jackman - Of Beauty Reminiscing
感傷の定型から抜け出して感傷的な音。
極端に主観的だからこそ、俺が6畳の部屋で聴くこの音楽はこの上なくむやみに響く。
それは俺が空間を切り裂いて外へ出る事の助けにもなり光明とも呼べる苦々しさと、自身の記憶の忘却へ意識を変化させる。
何も考えていないこと。
Vikki Jackman - Of Beauty Reminiscing
感傷の定型から抜け出して感傷的な音。
極端に主観的だからこそ、俺が6畳の部屋で聴くこの音楽はこの上なくむやみに響く。
それは俺が空間を切り裂いて外へ出る事の助けにもなり光明とも呼べる苦々しさと、自身の記憶の忘却へ意識を変化させる。
何も考えていないこと。
つまるところ内実も口実も外面もなくぽかんと口を開けているようなものでそのまま没入することを是とするような感覚をおのずから生じさせ、その立ち表れと同時に、すでに没入していることを曖昧に感覚できるような。
いまを忘却してしまうような。
その表皮にはまるで音楽の一音のように留まることはできないで、反復される同音しかし時間が引き裂き決して一ではない。
TAYLOR DEUPREE + CHRISTOPHER WILLITS[12k3005]
整然と配置された音の、音楽の断片は物音またはノイズによってまるで泡沫のように響く。冬、それも梶井基次郎の描く「冬の日」のまさに意思のない風景に音は溶けていく。「あるいは…」の積み重ねで音像は限りなく層を重ねていく。
various artists: yasujiro ozu - hitokomakura[and_OAR]
記憶と、それに付随する映像。そして音。
記憶の中から選択した断片に付随していただろう音、それは想像だからこそ想起される、を直接的に聴くような。
そして、その記憶は小津安二郎の映画から引き出される。
共有されない記憶の、共有される映像。
立ち現れの受容のゆらぎは、小津安二郎の映像という一点においては回避されている。
我々はだからこそ確立したものとしてこの音を聴くことができる。
傑作。
Taylor Deupree - Landing[ROOM40]
伸びていく。音が水飴のように伸びていっていつの間にか他の音に変わっている。
元から何もなかったように。
作られた思い出のような音は総体としての音楽を想起させる。
消滅し、また確立するような。
震えているからこそ、その反対の静寂を意識させる。
音楽でない音が突発的に挿入され、その音は音楽に半ば強引に組み込まれる。
そして、関係を失った音は響きとして処理される。
静寂に関する音楽
Number girl - School girl distortional addict
高校時代聴きまくったアルバム。そして大学生になって全く聞かなくなったアルバム。
俺は、「同時代性」という言葉が嫌いで、この言葉は誰かが共有したいと思っている観念の総体なんじゃないか、感覚的で曖昧な言葉なんじゃないかって思ってる。
でも、高校時代、俺にとって同時代的だったのはこのアルバムのこの音楽で、非常に恥ずかしいのだが、それはもう完璧にそうなのだ。
You Make Me This Happy – I Am Robot and Proud
様々に枝分かれした音が6畳1間の汚れた部屋の中をじたばたしながら逃げていく。そんなイメージ。どこにもいけないし、雨がふってるし、友達も少ない。春休みは先が見えない、ほど長い。そして音楽はそんな俺の気持ちを置き去りにして、しみじみと終わる。